岩槻城址公園お花見 4月4日 21名参加 天候 晴れ
旧岩槻市は現在さいたま市岩槻区となっていますが、市庁舎が駅前に移動した
以外はその後それほどの変化がないようで、城下町としてその面影をとどめて
います。
今回は住まいがわりあいと近い世話人の方の協力を得てお花見を催しました。
東武野田線岩槻駅から徒歩でお花見会場の城址公園まで城下町をめぐりました。
遷喬館
寛政11年(1799)に児玉南柯が私塾として開校 藩士の子弟が学んだ。
酒蔵資料館
明治4年創業の酒造店を現在は展示資料館として公開している。
当時の様々な酒造りの道具類が展示されている。またひな人形も飾ってある。
酒蔵資料館正面 館主の説明を聴く
時の鐘
寛文11年(1671)に岩槻城主
阿部正春公が城内、城下の人々
に時刻を知らせるために鋳造した。
途中享保5年(1720)に改鋳して
今日に至っている。
現在も1日3回に撞かれている。
浄源寺
今年はソメイヨシノが満開になるまで時間がかかったので、枝垂れ桜のほうが先に
満開になっていた。
枝垂れ桜の下で集合写真
岩槻城址公園
この地は岩槻城の南に位置していて鍛冶曲輪と呼ばれている。赤い橋は八つ橋
桜が良く見渡せる高台の一等地を陣取る。
乾杯の音頭で宴会の開始
ハーモニカの演奏の余興も出て佳境に
お花見の後は集合写真を撮影してお開きとなった
今年も恒例のお花見は春の温暖な天候のもと、和気あいあいの談笑で一日
のんびりとできました。
なお、沼倉氏が当日撮影したVIDEOをYouTubeに掲載していますので
ご覧ください。
幹事 菊地
旧岩槻市は現在さいたま市岩槻区となっていますが、市庁舎が駅前に移動した
以外はその後それほどの変化がないようで、城下町としてその面影をとどめて
います。
今回は住まいがわりあいと近い世話人の方の協力を得てお花見を催しました。
東武野田線岩槻駅から徒歩でお花見会場の城址公園まで城下町をめぐりました。
遷喬館
寛政11年(1799)に児玉南柯が私塾として開校 藩士の子弟が学んだ。
酒蔵資料館
明治4年創業の酒造店を現在は展示資料館として公開している。
当時の様々な酒造りの道具類が展示されている。またひな人形も飾ってある。
酒蔵資料館正面 館主の説明を聴く
時の鐘
寛文11年(1671)に岩槻城主
阿部正春公が城内、城下の人々
に時刻を知らせるために鋳造した。
途中享保5年(1720)に改鋳して
今日に至っている。
現在も1日3回に撞かれている。
浄源寺
今年はソメイヨシノが満開になるまで時間がかかったので、枝垂れ桜のほうが先に
満開になっていた。
枝垂れ桜の下で集合写真
岩槻城址公園
この地は岩槻城の南に位置していて鍛冶曲輪と呼ばれている。赤い橋は八つ橋
桜が良く見渡せる高台の一等地を陣取る。
乾杯の音頭で宴会の開始
ハーモニカの演奏の余興も出て佳境に
お花見の後は集合写真を撮影してお開きとなった
今年も恒例のお花見は春の温暖な天候のもと、和気あいあいの談笑で一日
のんびりとできました。
なお、沼倉氏が当日撮影したVIDEOをYouTubeに掲載していますので
ご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=A-Me6608wDI次回は夏に本格的な登山を予定していますので今から鍛えておいてください。
幹事 菊地