2010年1月6日(水)晴れ    幹事  菊地一行 
 
 昨年の谷中に続いて3回目の七福神、今回は浅草の街を巡りました。
浅草七福神は九社寺もあり寿老人と福禄寿がダブっていてやや歩くのに時間がかかります。
このコースの出発点は浅草寺からが多いようですが、歩き終わってから新年会の会場の都合で逆コースでめぐることにしました。
  当初はつくばエクスプレスの浅草駅改札口前に13時集合としていたが、今回は時間が掛かるし16時30分が御朱印をもらう締め切りいうことで少し集合を早めにしてもらった。12時50分に駅をあとにした。参加者は26名と昨年よりやや減ったがそれでも結構多数の参加があった。この人気だとまだ暫く続ければならないようである。
  駅を出て12分ほどで合羽橋の交差点から少し入った所が矢先神社で福禄寿が祀ってある。拝殿の格天井には「日本馬乗史」を描いた絵があり、馬に乗った武将達の絵が100枚あり生き生きと描かれているのが目を引く。
  参加の皆さんは色紙を買って一番目の朱印を押してもらう。
参拝もそこそこに合羽橋道具街通りを入谷2丁目から鷲神社(おおとりじんじゃ)へと急ぐ。道すがらプロ向けの調理器具や昔懐かしい練炭時代の火鉢などあらゆる道具がそろっていて目を楽しませてくれる。  20分ほど歩くと鷲神社に着くがここは12月の酉の市では大変な賑わいであったが今日はまだ松の内なのだが閑散としている。寿老人が祀られているがあまり目立たない片隅に鎮座している。
鷲神社

  次は5分ほど先にある吉原神社で吉原の花街が栄えたころの地図があり当時の様子が垣間見える。当時は大勢の遊女が 願い、悲しみの思いをここで祈ったのであろうか。
  ここからは吉原大門、東浅草を経由して隅田川沿いに向う今日一番の区間距離である。
30分近く歩いて橋場不動尊、それから5分ほどで石浜神社に到着。
  この神社には寿老人が正面建物から右の建物内に祀ってある。「東に隅田川、西に富士、北に筑波を遠望する清浄な地で神域にふさわしく」とあるように隅田川の川風を受けた場所は暫くここでのんびりとしたい雰囲気である。
  1時間半ほど歩いたので少々疲れ気味の方もいるようでしばし休憩となった。鋭気を取り戻し、集合写真を撮影の後14時30分に出発。ここまでは予定通りにきているので少し安心。さあ残り4社寺だ。

石浜神社の大黒天と寿老人像
今戸神社本殿 招き猫と福禄寿

 石浜神社はコースの最北にあったがこれからは隅田川を沿って今戸通りを南下する。
 隅田公園を過ぎて右折し少し入ったところに今戸神社がある。社殿には大きな招き猫が2匹と福禄寿が祀ってある。なんだか猫の方がやたらと大きくて目立つ。それも道理、ここは縁結びの神社、当世はやりの言葉で言えば「婚活」で若い娘が大勢訪れている。他の神社にはない光景である。中には人力車に乗って詣でている人もいる。
  約5分歩くと子宝神社としても知られている待乳山聖天を経て言問橋の袂に来ると、2012年開業予定の電波塔スカイツリーの工事中の全容が見える。いよいよ残りもわずか、皆の足取りも軽く早足となる。三社祭りで有名な通称三社権現といわれる浅草神社は浅草寺の境内にあり参拝者の行列ができるほど賑わっていた。

工事中の スカイツリー
色紙

 瓦の葺き替え工事中の浅草寺は正月なのでそうとう混雑している。参拝もそこそこにして移動。それというのも大黒天は本堂には祀られていなくて、聖観世音菩薩を中心に守り本尊八体のある影向堂という所にあるからで、それもあまり目立たない片隅で見落としそうになる。最後になる9箇所目の御朱印をもらったので写真に撮った。
  これをもって七福神めぐりも無事終了し時刻は15時50分と予定よりだいぶ早い。時間も余ったので各自仲見世商店街で買い物や喫茶店で休憩などをとって時間をつぶすこととし、50分後仲見世の通りは大勢の参拝客で込み合っているので分かりやすい雷門に集合した。
  新年会出席者22名と少なくなったが近くの居酒屋で鍋を囲みながら酒を酌み交わし親睦を深めた。



参加者の松村敏弘さんが、浅草七福神について、早速マイ・ホ−ムペ−ジに掲載していたきました。
よろしかったら以下のアドレスにありますのでご覧ください。メインタイトルは”外っ国・内っ国の香り”indexの右側「国内の旅」の下の方。
浅草名所七福神 その1、その2です。
http://space.geocities.jp/monkey68donkey/